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  北斗の拳 見た後に
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 北斗の拳


   第22話

   見た後に


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北斗の拳 見た後に


北斗の拳の第1部を全て見た後の感想です。

北斗の拳の基本は、いろいろな考え方による愛です。
ケンシロウはユリアへの愛のために、シンへの復讐を完遂します。
ユリアはケンシロウへの愛のために、シンを拒み続け、最終的には自殺してしまいます。
シンもユリアを愛すればこそ、さまざまな残虐行為に発展したわけです。

いろいろな種類の愛を強烈に表現したのが、この北斗の拳だったのです。
この中には最近の日本でも多く見られるようになった、わがままな愛も入っていました。
シンのユリアの為の行為は、わがままな愛以外の何者でもありません。

強いて言えば、ケンシロウやユリアの愛もわがまま といえるのかも知れません。
ケンシロウはユリアのためとはいえ、ものすごい数の殺人を犯すわけです。
ユリアは待つことだけで、シンを止めようとすることはほとんどなく、否定するのみなのです。

愛の定義が崩れてしまっていることを感じてこの作品を作ったのか、この作品のために愛の定義が崩れてしまったのか分かりません。
しかし、愛をしっかり考え直すことが必要な時代になっているのではないでしょうか。


アニメとしてのインパクトは、素晴らしいものがあります。
秘孔で死だけでなく生も与えられます
相手を倒すだけでない拳法のあり方は、本当の拳法にも通じるのではないでしょうか。

しかしその拳法をあまりに人殺しに使いすぎたことが、大きな問題点といえそうなのです。
悪を行っている人は全て死すべしという考え方は、あまりに極端すぎます。
更正させようという努力もしないし、更正する人はいないといっているようなものです。

このようなデジタル思考は、邪魔なものは排除するしかないという単純な考え方に進んでしまいがちです。
実際の社会や人間は、善と悪を併せ持っていることが普通なのです。
悪だけを見て判断していては、人の本質を見失う可能性があります。


と、ここまではシリアスに考えてみました。
ここからはアニメ的にいきましょう。


うーん、最終回は続きが控えていたとはいえ、かなりあっさりした終わり方でした。
もともと短めのストーリーを引き伸ばした為に、ストーリーがバラバラになってしまった印象もあります。
作画やシナリオのクオリティーも毎回ばらばらで、良くいえばバリエーション豊か、悪くいえば無茶苦茶です。

とはいえ、インパクトのあるストーリーや映像などは、当時としては画期的なものといえるでしょう。
体が爆発するシーンなどは、今見てもドキッとします。
ストーリー自体は極めて単純なので、テレビアニメにする際にかなりのおまけが付きました。
無駄な回を省けば、しっかり見ごたえのあるストーリーに作り直せそうですし、おまけの回でパロディーを作れそうな印象です。


とにかく、秘孔を突くことで人が爆発してしまうインパクトは、今見ても衝撃ですね。
治療に使っている分が、ツボ治療に見えてしまうところはご愛嬌です。
シンが使うのは手刀の進化系、これもインパクトがあります。

ケンシロウの顔が、だんだん大人になってくるところもポイントです。
初回と最終話では相当顔つきが変わっています。
経験を積んで真の男になっていくんですね。
人間の成長ドラマでもあるのです。

問題は、悪人を殺せば済んでしまうという考え方かもしれません。
悪を反省して善になるというシーンが極めて少なかった為に、善と悪しかないデジタル思考に見えてしまうのです。
痛快さの為には仕方がないという面もありそうですが、子供の教育には悪そうです。


幾つか不満な点もありますが、やはり北斗の拳は画期的なアニメでしたね。
愛をベースにしたストーリー展開とインパクトの強さは、現在見ても新鮮なのです。






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